何で占いなんかするんだ。なんて声を良く耳にします。
占いなんて当たるの?という声も耳にしますが、当初私は未来は絶対予測出来る。
または未来は決まっていると思っていましたからそれはもう、
占術の本は手当たり次第、東洋西洋問わず読みました。
そして人の未来を予測するには出生年月日と時間と場所が必要になるということを知り、
なるほどそれだけ詳しく検証するならきっと自分の未来も分かるはずだと思ったのですが、
東洋でも西洋でも2時間単位の区切りで人の運勢を読みとる仕組みで、
結局双子や3つ子以上になると全く同じ運勢が出てくることを知り
なんだ当てにならないなと落胆しました。しかし、東洋の紫微斗数では母親の子女宮の命盤から
第1子の運勢、次の宮から第2子の運勢が読みとれることで、また勉学に励むようになりました。
また西洋のホロスコープでは第1子が第5ハウス、第2子が第7ハウスと運勢が読めるということです。
今の私にとっては当たるの?の回答に関しては「分からない」と答えるようにしています。
つまり確かに星の影響をものすごく受ける人とそうでない人が確実にいますし、
何故そのようになるのか全く分からないからです。また地球から遠く離れた岩石の固まりのような
星が何故人の精神に影響するのか全くもって分からないからです。
それでも人によって差は確かにあるものの星の影響は確実に受けているようです。
考え方が変わる。良い方にまたは悪い方にとしても、何故なのかの問いに答えてくれるのが
星だからです。しかしこれも他の人から見ればそんな風には読みとれないと、
思う人がいるかもしれませんが、ほとんどの人が星の読みとれる範囲内で行動している様です。
では全ての吉、凶は星の影響なのかというと最終的に吉や凶に変えるのはその本人の
意志だと思います。つまり意識して星からの志を判断するのが、私は意志だと思うからです。
そして星からの志は数通りに渡り、その良いも悪いも判断するのは本人の意思と思います。
占断によって個々の星の影響を星の志とし、当人に教えますが、最終的に
判断するのはその人なので、占いと言うものは決まっているものではなく
自分でよりよい人生を進むための指針に使っていく道具であればと思っています。
占いの「うら」は人の裏を探るという言葉から来ているのでは無いかと言います。
人は色々な顔を持っており、両親に接する顔、恋人、配偶者に接する顔、子供に接する顔や
友達と接する顔など様々です。紫微の命盤や西洋のホロスコープには全ての顔が
出ているわけで、その時々でその人の顔の様子を予測しなければならず結構難儀です。
当たらない、当てにならないと判断するのは簡単ですが、私は自分の現在の位置を
確かめる道具としてこの占術、占いを利用しているわけです。
「人生一寸先は闇」ではなく蝋燭(ろうそく)か懐中電灯代わりにこの占術を利用できればと
思っている次第です。